千葉ロッテマリーンズを応援している経緯

金田監督就任

1973年、ロッテオリオンズに金田正一監督が就任。当時のオリオンズは、仙台宮城球場を本拠地としていましたが、基本東京スタジアムのなごりから、後楽園球場、神宮球場、川崎球場と転々と主催試合を行い「ジプシーロッテ」との愛称を頂いていました。川崎球場が一番近かったこともあり、中学生の頃には、大洋ホエールズ戦と合わせて、年20~30試合見に行く熱狂的なプロ野球ファンになっていました。

猛者揃いのパ

1973年のパリーグには、野村(南海)、張本(日拓)、長池、福本(阪急)、土井、鈴木(近鉄)、東尾(太平洋)などの猛者ぞろいで、大洋戦よりロッテ戦を見に行くことが自然と多くなりました。世間では、読売のV9に沸いていましたが、判官びいきもあり、益々パリーグの試合を見に行くことになりました。

ロッテオリオンズ日本一

1974年には、ロッテオリオンズが、パリーグ制覇。金田留広投手、村上公康捕手、山崎裕之二塁手、有藤道世三塁手がベストナインに輝きました。日本シリーズでも中日を破り、日本一になります。MVPは弘田外野手でした。この感動を忘れず今も応援している次第です。(まさかあれから44年間、リーグ優勝からの日本一が観られないとは夢にも思っていなかった‥‥)

クイズ番組に初出場

当時は、視聴者参加番組花盛りで、テレビで難問を応える回答者に憧れました。
仲間との完全なノリから、1982年テレビ神奈川の「クイズバトンタッチ」の予選会に参加。
男3人のむさ苦しい(テレビ受けしない!)チームでしたが、まさかの予選突破。同年本番を向かえます。

司会は大石吾郎さん、出題は東海林のりこさん、アシスタントは萩原佐代子さんと結構豪華な顔ぶれです。
ゲームは、4ステージに分かれていて、①個人早押し、②個人3択、③個人早押しとバトンをつなぎ、最終ステージは全員での早押しになり、早く15ポイント取ったチームが優勝。優勝チームには、「香港旅行」か「那須テニスツアー」が当たります。

わがチームは、3ステージが終わった段階で、3チーム中の最下位でしたが、最終ステージで次々と正解し、見事に優勝!しました。抽選で「那須テニスツアー」が当たり、男3人でどうしようと思案したものでした。

これで気を良くした私は、クイズにハマって行くのでした。

因みに、最初に答えた問題と優勝を決めた問題は、
Q:自分の利益にはならないのに、そそのかされて他人のために危険をおかすことを「火中の何を拾う」?
A:栗

Q:読売ジャイアンツの選手のニックネームで、江川卓投手は「怪物くん」、松本匡史外野手は「青い何」?
A:稲妻

一口馬主を始めた経緯

競馬ファンになったきっかけは、1993年エリザベス女王杯です。当時、まだ馬単も発売されていない時代に、ホクトベガ(9番人気)、ノースフライト(5番人気)の馬連で万馬券(25,650円)を当てたことからです。

そこから競馬にはまることになりますが、案の定、馬券の成績は上がらずじまい。父が「友駿」の一口馬主をしていたこともあり、1995年には一口馬主を「友駿」でスタート。

その後、「JOY(現:ライオン)」、「タイキ」と渡り歩き、2000年から、「社台」、「サンデー」のオーナーとなりました。

一口馬主は、私の人生にギャンブルを超えて、人間社会の有様を教えて頂きました。これからもオープン馬、G1出走馬、GI獲得を目指して、出資が続きます。(お財布が維持できれば…)

▲ブルーミングアレー:2010年5月23日 松岡正海Jでオークス出走
 (これ以来GⅠ出走無し)

山田太一先生CS出演

TBSチャンネルに山田太一先生の登場です。2013年に制作されたもので、30分番組2本です。11月17、19日にも放送された様ですが、見逃してしまったので、今度は録画もスタンバイOKです。

その1:12/1(土)午後5:30〜午後6:00
その2:12/4(火)午前7:50〜午前8:20

丸選手との交渉で思うこと

初めてロッテフロントの本気を感じた交渉です。

現在、若手への切り替え時期で、安田、平沢、香月、和田、藤原と若い左打者には生きたコーチを直に得ることになります。彼らのためにも来て欲しい。丸道場がキャンプで行われれば、球界の発展にも貢献したことになります。

家族のため、球界のため、何より自分自身のため、5年後、10年後、あの時の判断は正しかったと言える選択をして下さい。

ファンは、待つのみです。